道摩の娘
「…ふ、藤影。たすけて…」

 肩にとまった藤影は、無理だ、と言うがごとくに、悲しげに首を振った。

 包みは、重い。

 一体真鯉が何を入れたのか疑問に思うが、りいに開けてみる勇気はなかった。

 安倍邸は内裏に近く、陰陽寮には徒歩で楽々出仕できるくらいなのだが、その道のりが果てしなく遠い。


 ようやく朱雀門を抜ける頃には、りいは精根尽き果てていた。

 誰かに取り次ぎを頼もうかとあたりを見渡したが、その必要もなくすぐに晴明を発見する。

 晴明は、隣の若い男性と何かを話しながら歩いていた。その途中、立ち尽くすりいに気付いたようで、男性に断りを入れるとこちらに走ってくる。


「りい、久しぶり」

 晴明がぱっと顔を綻ばせた。

 晴明の顔は数日ぶりに見るとやはり目の保養だ。

 りいも口元を緩める。

「ああ。…どうだ、調子は」

「ん、悪くないよ、ありがとう。…っていうか何、その荷物」

 晴明もやはり気になっていたようで、りいの手元の包みを凝視している。

「俺、単衣を数枚って頼んだはずだったんだけど」

「…真鯉殿が、夜食を」

 …単衣を数枚が、一体どうやったらこんなことになるのか。りいは軽い目眩を覚えた。

 真鯉、と聞いて、晴明も納得したようだ。

「真鯉の心使いはありがたいけど…りいには悪いことしちゃったね。ごめん」

「いや、構わぬ。内裏の中は初めて見たしな」

 それは本心からの言葉だ。りいのような庶民は滅多に入れないところだとわかっている。

 晴明はりいの言葉に目を細めた。

「ほんとは案内してあげたいんだけどね…」

「わかっている。…長居したな、すまない。じゃあ、頑張れよ」

「あ、ちょっと待って!」

 仕事の邪魔をするまいと早々に踵をかえすりいの袖を、晴明がとらえた。
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