道摩の娘
 りいは筆を引っ張りだした。

 さすがに文そのものを使うのは気がひけるから、薄様は遠慮なく引っぺがして脇に避けておく。

 残った紙は厚手でなかなかよろしい。

 りいの頬に笑みが浮かんだ。

 式に家事をさせて人件費を浮かせたぶん贅沢ができるのだろうか。なんにしろありがたいことだ。

 りいは鼻歌まじりに紙の大きさを揃えて裂いていく。

 その作業が終わると、今度は筆をとった。気を篭めつつ、正しい筆運びで紋様を描き入れる。

「…よし」

 出来上がった符は、我ながらいい出来栄えだ。

 桃やら紅梅やら、かわいらしい色彩が難点といえば難点だが、使えるのだからまあいいだろう。

 りいは満足して、続きに取り掛かった。


 そうして数枚描いたときだ。

 りいの手が突然ぴたりと止まった。

「なんだ、これは…」

 紅梅の色紙の端。

 ぱっと見目立たない程小さく、紋様が描いてある。

 実際、こうして薄様を剥がしてとっくりと見なければ気づかなかっただろう。

 勿論りいが描いたものではない。

 見慣れない紋様だ。五稜、とでも表現すればいいのか。

 のちには五行を司る紋様として有名になる、晴明桔梗とも呼ばれるものだが、一介の外法師であるりいが知るはずはない。

 そんなことよりりいを驚かせたのは、そこに篭められた晴明の気である。

 一応、手にとったくらいではわからないように隠してあるが、確かに強い気を感じた。

 急いで他の色紙も調べてみると、そのすべてに同様の紋様があった。

 …誰がやったのかといえば、当然晴明だろうが、一体何のために?しかも、隠すようにまでして、だ。
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