道摩の娘
 ようやくあやかしを片付けたときには、気配はもうなかった。

「また…」

 りいは唇を噛む。

 だがそれでも、何か痕跡があればと、気配のした方へ向かった。


 恐らくこのあたり、という付近に来ても、妖気のかけらさえ感じられない。

 見事に逃がしたか。

 落胆しつつ角を曲がり…りいは驚きに目を瞠った。


「晴…明?」

 そこに立っていたのは、間違いなく晴明だった。

 ぼんやりと宙を見つめていたが、りいの呼びかけに振り返る。

「りい…」

「…仕事、か?」

「…うん」

 晴明はどこか心ここにあらずといった調子だ。

 りいは訝しく思いながら晴明を見つめ、その狩衣の袖が大きく裂けていることに気付いた。

「晴明、袖…」

 りいの言葉に、晴明ははっとしたように袖を見た。

「…ちょっとね。りいはどうしてここに?」

「妖気を感じてな」

「そう…俺も、それで」

「…無茶をするなよ。そんなに大きな鉤裂き…」

 りいが眉をひそめると、晴明は困ったように笑った。

「仕事だからね、仕方ないよ…りいこそ、こんな危険なところに」

「私とて術師だからな。何かあれば戦うさ」

 りいは刀を軽く持ち上げて見せる。

「…勇ましいね」

「褒め言葉と思っておく」

 嘆息する晴明に、りいは胸を張ってみせた。

 そしてふと思い出す。

「…そういえば藤影は?お前のところにいるはずだが」

「あ、帰したよ。今ごろは家じゃないかな…送るよ、行こう」

 送るも何も彼の家なのだが、晴明はりいを促して歩きだす。

 その隣を歩きながら、りいはなぜか、色紙の紋様のことを聞けずにいた。
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