道摩の娘
 りいは目を向けた。

 水干に折烏帽子姿で荷物を持った男ふたり。りい同様、そこそこいい家の下働きと見えた。

 仕事の合間に世間話、といったふうだ。

 思わずりいは割り込む。

「その話、詳しく教えてはくださらぬか」

 男たちは驚いたようにりいを見た。

「あ、その…突然申し訳ありませぬ」

 さすがに考えなしだった。気まずくなって謝ると、男たちは破顔した。気のいい性質のようだ。

「構わんよ。だが、最近騒いでるだろ?わざわざ教えてくれなんざ珍しいなあと思って」

 もう一方の男も深く頷いた。

「あの、実は京には来たばかりで」

 嘘ではない。

 嘘ではないつもりだったが…考えてみればすでに一月近くが過ぎていた。

(道満様)

 ふいに主人を思い出すが、今は目の前のふたりから話を聞かねばならない。りいは頭を振って主人のことを追い出した。

「おお…そうかあ、まだ若いもんなあ」

「どうだ、こっちの暮らしは。どこの家人なんだ?」

 男が朗らかに問いかける。

 喋り好きなのだろう。好意的な態度は有り難い。

「あの…朱雀門の外の。よくしていただいております」

 正直に安倍邸の場所を伝える。

「…藤原様!?」

「こりゃ驚いたな!」

 ふたりは何やら勝手に勘違いしてくれたが、黙っておいた。

 そういえば、隣に大きな屋敷が建っていたっけ。あれが藤原様とやらの屋敷だろう。

「いや、でも…藤原様のとこなら、たしかお姫さんがいらっしゃるだろう。大騒ぎなんじゃないか?」

「ええ、そうなのです。しかし私には何が何やら…」

 とりあえず調子を合わせておく。

 男たちは疑う様子もない。

「そうかそうか、大変だったな…いや、実はな、最近出るんだと」

「…出る?」

「あやかしだよ、あやかし」

 男はそこで声を落とした。

「…大きな声じゃ言えないが、陰陽寮が手こずってるって話だ。まったく…」

「つい昨晩も大臣のお姫さんがさらわれたらしい。今頃は…」


< 38 / 149 >

この作品をシェア

pagetop