道摩の娘
「姫君が?…それは…」

「なんでも、まだ小さい姫さんが神隠しにあってるらしい」

「俺らもそこまで詳しくないんだが…もう3人は連れていかれてるって話だ」

「今頃は喰われてるんじゃないか…恐ろしいことだよ」

 男たちは顔を見合わせて、ぶるりと身震いしてみせる。

「…さて、そろそろ行かんと」

「物騒だからな、坊主も気をつけろよ」

 ぽんぽんとりいの頭を叩いて、男たちは歩き出した。

「ありがとう存じます」

 りいは遠ざかるふたりに頭を下げた。


 晴明が言っていた事件はこれだろうか?

 りいは貴族には疎いが、それにしても大臣の姫ともなると大事だということくらいわかる。

 しかし、それがりいの逢ったあやかしと関連しているのか、どうか…りいは悩む。

 晴明に相談してみるべきか?しかし…勝手に夜遅く出歩いてあやかしに殺されかけた、などとは…

(…言えぬな)

 肩を落とした拍子に、どこをどうしたのだか、籠から蕪が転げ落ちた。

 りいは慌てて手を伸ばす。

 値切って手に入れた見事な蕪だ。真鯉が見れば満面の笑みを浮かべると思われる。

 何より自分の努力を無に帰すわけにはいかない。

 …だが、りいの指は空を掻いた。

(踏まれる…ッ)

 毎度ながら市は人で賑わっている。地に落ちた蕪が踏み付けられて砕ける様は想像するまでもない。

「ちょ、踏まないでくれ…ああー!」

 蕪を拾おうと屈んだ途端、籠から他の食材までこぼれた。

 市の真ん中で籠の中身をぶちまけた形だ。りいは蒼白になる。

 だが、逆にそれが幸いした。

 派手にやらかしたため、周りが足を止めてくれたのだ。

「大丈夫か、ほら」

「気をつけろよ、小僧」

 呆れ混じりに、次々拾った食材を差し出される。

「面目ありませぬ…かたじけない、…ありがとうございます」

 りいは礼を言いながら、急いで自分でも拾い集める。

(…これで全部か?)

 ようやく大方拾い終え、籠の中を確認した。海藻、真魚、菜…塩の包みも奇跡的に零れていない。

 が、肝心の蕪がなかった。
< 39 / 149 >

この作品をシェア

pagetop