道摩の娘
道摩之長

 突然、甲高い鳴き声が響いた。

 放していた藤影が慌てた様子でりいの肩に戻ってくる。

 そして油断なく周囲を警戒する。


 ただならぬその様子にりいも松汰も口をつぐんで藤影を見つめた。

「…藤影?」

 恐る恐るりいが問う。

 その問いに対する答えは思わぬところから返ってきた。


「久しぶりだな、利花」

 久々に聞く自分の本名。りいは弾かれたように振り向いた。

 そこに立っていたのは痩身の若い男。

 粗末な旅装束に身をを包み、背には荷物。

 一見してただの行商人だが、ぼさぼさの前髪の下の眼光は異様なまでに鋭い。

 その鋭さに覚えがあった。

「万尋(まひろ)様…」

 りいは搾り出すように名を紡ぐ。

 無意識に指が刀を求めて腰を探る。

 それをみて万尋はにやりと口角を上げる。

「変わりねえようで何より。…といいてえ所だが、…ずいぶんと平和ボケしちまったみてえだ!」

 突然投げられた符を、りいはすんでのところで叩き斬る。

 どうやらただの牽制だったらしく、符はあっさりと燃え尽きた。

「…何の御用です!」

 りいは松汰を庇うように一歩前に出る。

 松汰はいまだに状況が掴めず目を白黒させていた。


「…お前の主の話だ」

「道満様!?」

 りいは思わず声をあげた。

 山に篭ると旅立ってから早一月以上経つのに、道満からは何の連絡もない。

 さすがに心配だったのだ。

「聞きたいか」

「当然です!」

「…だが、ここではなんだ。ついて来い。もちろん一人で」


 りいが頷きかけたとき、松汰が遠慮がちに袖を引いた。

「りいお姉…」

 不安げなその声にりいの心が揺れる。

 だがその瞬間、万尋がからかうような声を飛ばした。

「…なんだ。臆病風に吹かれて結界に引きこもってるだけならまだしも、さしで話もできねえのか。落ちたもんだな、利花?」

 挑発と知りながらも、りいは万尋を睨んだ。

「参ります。…松汰、大丈夫。道摩の一族の仲間だ。藤影を頼むな」

 松汰の頭を撫で、できる限り冷静な声を出す。

 松汰は釈然としない表情だったが、頷いて藤影を抱えた。

< 53 / 149 >

この作品をシェア

pagetop