道摩の娘
「…誰?りいさんは起きたばかりなのですよ、静かになさいな」

 真鯉が眉をひそめ声を張った。

 だがそんな真鯉にお構いなしに足音の主は歩み入ってくる。

「…!」

「…、…」

 何やら言い争うような声までしている。

 そして、姿をあらわしたのは…二人の娘だった。

「ちょっとー、困るんだってばー!」

 片方の娘に追い縋って袖を引くのは、紫の衣をまとい、白の髪を結い上げた娘。

 強気な顔立ちが愛らしく、りいと同年輩くらいに見える。

 安倍邸に暮らす精霊の一人、あやめである。

「火急だって言ってんだろ、わかんない子だね!」

 そしてもう片方は、男装の娘だ。

 まとうのは男物の水干だが、完全に少年に見えるりいの狩衣姿とは趣が異なり、かえってその娘の豊満な肢体を際立たせている。白拍子と呼ばれる芸人のようにも見えた。

 容姿も美しく、紅をさした唇と目尻が艶やかだ。

 これほどに印象的な外見ながら、全く見覚えがない。

 りいも、松汰も、真鯉も、息をのんで彼女を注視した。

 ただ藤影だけが泰然としている。

 その様子から、どうやら危険な存在ではないと知れるが、それでも得体が知れないことに変わりはない。


 娘はしばし室内を見渡していたが、やがてりいに目をむけた。

「…もしかして、利花かい?」

「…ええ、そうですが」

 名前を知られている。りいは警戒を強めた。

「まあ、ずいぶん凛々しくなったねえ!それに傷だらけじゃないの、だめだよ女の子なんだからさあ」

「…はあ?」

 りいは思わず聞き返した。

 見ず知らずの娘に言われることではない。

 精霊たちもきょとんとした様子で成り行きを見ている。


「ああ、あたしのことわかんないのか。無理もないさね、もう十年ぶりだもの」

 娘は一人で納得してうんうんと頷く。

 だが一方のりいはまだ何が何やらである。

 そのりいに、男装の娘は華やかな微笑を向けた。

「あたしは蘆屋一碧(あしやのいっぺき)。お久しぶり、利花」

 蘆屋。道摩の者が便宜上名乗る姓を、彼女は口にした。
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