道摩の娘
「…一碧様?」

 しばし茫然としていたりいの唇から呟きが漏れる。

「そう、思い出したかい?」

 一碧は満足そうに唇をつりあげた。

 しかし、精霊たちはまだ話が見えずに戸惑っている。

 りいはなんと言ってよいか迷いながら口を開いた。

「あの…こちらの方は一碧様とおっしゃって、道摩の一員で…」


 りいがまだ幼かったころ、里で期待を集めていたのがこの一碧であった。

 りいと十も離れていない彼女は、当時まだほんの少女だったが、式神を使うことにかけては大人でも右に出るものはいなかった。

 また、親同士仲が良かったためか、りいの面倒をよく見てくれた、姉のような存在でもあった。

 実際、彼女に教わった術も多い。

 優秀な彼女は十代前半にして既に道摩法師としての仕事をはじめていた。

 ほぼ時を同じくして、りいは道満について旅をはじめ、その後は会っていなかった。

 りいの知っている一碧は、さっぱりした小袖の似合う少女である。言われてみれば確かに面影があるが、わからなかったのも当然といえよう。


「…そういえば、急ぎの御用とか?」

 かいつまんで説明しているうちに、先程彼女が火急と言っていたのを思い出す。

「ああ、そうなんだよ。懐かしがってる場合じゃなかった」

 一碧は表情を引き締めると、舞のように優雅な動作で腰を下ろした。

「その様子、もしかしてあんた万尋様にもう会っちまったのかい?」

「…はい」

 りいが頷くと、一碧は嘆息した。

「そう…やっぱりかい。命があってよかったよ」

 りいを見やる目は真情にあふれている。

 一碧はりいにいたわしげな視線を向けつつ続けた。

「あの人は禁術に手を出したんだ」
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