道摩の娘
「あの術の原理は、自分のなかにいるあやかしに他人の身を喰わせ、そうしてあやかしを手なずけておくこと。…あまりにも、おぞましい術だよ…それに、危険だ。あやかしが腹を減らした途端に、喰われるのは自分なんだからね…」

 痛いほどの沈黙が降りた。

 予想できないわけではなかったが、はっきりと認識すると背筋がうすら寒くなる。

「…それでは…」

 りいが震える声を紡いだ。

「…あんたとの戦いであやかしの力を使ったなら、おそらくは」

 一碧も声を低くする。

 ――万尋は、京でまた人を襲うだろう。

「…なぜっ、なぜあの方はそんなことを!なぜ道満様を…!」

 りいの呻きに、一碧はただ首を振った。

「…すまないがあたしは、代替わりのことはよく知らない。でも…今京は危険だ。あたしはこれから依頼人を故郷へ送る。<山>の方面を通るから、調べてみるつもりだ」

 りいは顔をあげた。

「一碧様、私も…!」

 だが、一碧は即座にりいの言葉を遮った。

「あんたは、体が動くようになったらすぐ京を離れな」

 そこで一碧はりいに顔を寄せ、目と目を合わせた。強い視線にりいはたじろぐ。

「あの人はあんたを狙ってる。わかってるだろ?――いいかい、首を突っ込むんじゃないよ、絶対に。…このあたしだって逃げるのが精一杯だった。刀と拳で敵う相手じゃない」

「…ですが!」

「利花」

 聞き分けなかった子供時代のようにぴしゃりと言われて、りいは反射的に口をつぐんだ。

 それを見てから、一碧は立ち上がる。

「…さてと。邪魔したね。…依頼人が待ってるから、あたしはこれで」

 精霊たちに軽く目礼し、来たとき同様素早く部屋を出ていった。


「一碧様!お待ち下さいッ」

「りいさん!?いけません、りいさん!」

 りいは真鯉の制止も聞かず一碧を追った。

 だが、さすがにぼろぼろの体はどうしようもない。

「ぁ…っ」

 門の前で、膝から力が抜けた。

 倒れ込むりいの目に、白拍子姿の娘と、彼女に付き添われた市女笠の女人が遠ざかっていくのが見えた。
< 68 / 149 >

この作品をシェア

pagetop