道摩の娘
◆
夜も半ばを過ぎてから、陰陽寮に戻った――という言い方は何かおかしいが、実質そうである――晴明を出迎えたのは保憲だった。
「…もういいのか?」
「ええ」
簡潔な問いに、簡潔に答える。
「しかし…お前が、本性をあらわにするのは久々だろう。それほどに友人が心配なら…」
「兄さん」
晴明がやや強い声で遮る。
「ああ…すまぬな。しかし…」
思案げに眉を寄せる彼に対し、晴明はいつもの悠然とした笑みを浮かべてみせた。
「また、保憲兄さんは優しすぎるんですって。俺がいなきゃ困るくせにー」
その軽口に、保憲はあきらめたように息をつく。
「それに…」
晴明の口調が一転、再び鋭さを帯びた。
「問題がややこしくなってきましたから」
「何かわかったのか?」
頷く晴明の瞳に冗談の色はない。
「…話を聞かせてくれ。場所を変えよう」
保憲も先程までの気遣いの表情を消した。
廊を移動しながら、おもむろに保憲が口を開いた。
「…余計なこととは思うが」
「…はい?」
「お前の、<あのこと>…あの子は…」
晴明は前を行く保憲の背から、目を逸らした。
「いつかは、言わなければとは、思ってます」
保憲は歩みを止めない。
「…まだそこまでは信用できぬか」
「いえ」
否定の声は強い。
「あんなに真っ直ぐな子はほかにいない。…だからこそ、こわい」
保憲の返事は…小さな笑い声だった。
「…なんです、兄さん、自分から聞いておいて」
「すまぬ。…いや、お前もずいぶん人の子らしくなったものだと思ってな…兄代わりとしては嬉しいぞ」
晴明は複雑な表情を浮かべた。
「まあ、余計なことついでに…私で良ければ話くらいは聞いてやるからな」
晴明の表情はますます複雑なものになる。
「…兄さんって人心の機微に疎そうじゃないですか」
照れ隠しの憎まれ口に、保憲は珍しいことに大笑する。
「お前より友人は多いぞ」
晴明は口をつぐむしかなかった。
夜も半ばを過ぎてから、陰陽寮に戻った――という言い方は何かおかしいが、実質そうである――晴明を出迎えたのは保憲だった。
「…もういいのか?」
「ええ」
簡潔な問いに、簡潔に答える。
「しかし…お前が、本性をあらわにするのは久々だろう。それほどに友人が心配なら…」
「兄さん」
晴明がやや強い声で遮る。
「ああ…すまぬな。しかし…」
思案げに眉を寄せる彼に対し、晴明はいつもの悠然とした笑みを浮かべてみせた。
「また、保憲兄さんは優しすぎるんですって。俺がいなきゃ困るくせにー」
その軽口に、保憲はあきらめたように息をつく。
「それに…」
晴明の口調が一転、再び鋭さを帯びた。
「問題がややこしくなってきましたから」
「何かわかったのか?」
頷く晴明の瞳に冗談の色はない。
「…話を聞かせてくれ。場所を変えよう」
保憲も先程までの気遣いの表情を消した。
廊を移動しながら、おもむろに保憲が口を開いた。
「…余計なこととは思うが」
「…はい?」
「お前の、<あのこと>…あの子は…」
晴明は前を行く保憲の背から、目を逸らした。
「いつかは、言わなければとは、思ってます」
保憲は歩みを止めない。
「…まだそこまでは信用できぬか」
「いえ」
否定の声は強い。
「あんなに真っ直ぐな子はほかにいない。…だからこそ、こわい」
保憲の返事は…小さな笑い声だった。
「…なんです、兄さん、自分から聞いておいて」
「すまぬ。…いや、お前もずいぶん人の子らしくなったものだと思ってな…兄代わりとしては嬉しいぞ」
晴明は複雑な表情を浮かべた。
「まあ、余計なことついでに…私で良ければ話くらいは聞いてやるからな」
晴明の表情はますます複雑なものになる。
「…兄さんって人心の機微に疎そうじゃないですか」
照れ隠しの憎まれ口に、保憲は珍しいことに大笑する。
「お前より友人は多いぞ」
晴明は口をつぐむしかなかった。