道摩の娘
 外の通りに出て、周りを見渡すが、特にそれらしい気配はない。

「藤影…」

 小声で藤影を呼び、気配を探らせようとした時だった。


 突然、背筋がざわりと総毛立つ感覚がした。


 間一髪、りいは跳躍した。

 一瞬前までりいが立っていた場所に、突き刺さらんばかりの勢いで符が飛んできて、そのまま激しい炎をあげた。

「探したぜえ、利花ぁ…」

 背後から、忘れようもない声がした。

 りいは振り向きざまに抜刀し、渾身の力で降り下ろす。

「…っ、と。危ねえな」

 万尋はそれを予測していたようで、すっと身体を捻っただけでかわした。

 りいの刀は勢いそのままに地を抉る。

 まさかこれで決着をつける気はなかったものの、あまりにもあっさりとかわされたことに、りいは衝撃を受けた。

 だが、動揺を見せることはしない。

 りいは静かに刀を構え直して、万尋を見据えた。

 見かけ上、先日と変わったところはない。

 ただ、りいによってざっくりと切られた前髪の代わりに、藍色の布がその目元を隠していたが。

 一時は正気を失いかけていたが…それも、今はないようだ。

 少なくとも、会話が成り立つ程度には。


 そこまで確認して、りいは刀を引いた。

「万尋様。私と決着をつけたいか」

 万尋の口許に獰猛な笑みが浮かんだ。腹を減らせた獣のように。

「ならば…場所を変えましょう。ここは人の往来も多い」

 そう。この近くには詮子がいる。

 万尋に悟られる前に、ここを離れなくては。

 りいは妙に冷めきった頭で計算を働かせる。

「さしでやろう。…私が負けたなら、私の身でも魂でも、貴方の身の内にいるあやかしに捧げればいい」

 りいは懐に手をやり、藤影を封じた札を取り出した。

 そして躊躇なく、それを後ろへ放り投げた。
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