道摩の娘
 万尋がさも意外そうに息をついた。

「いいのかよ」

「構いませぬ。さあ、何処に行きます」

 藤影抜きでは、明らかにりいの不利である。

 しかし、りいは微塵も怯えた様子を見せることはない。

 それどころか、口の端を吊り上げて見せた。

 目は全く笑ってはいなかったが。


 りいは、万尋のあとをついて歩いていた。

 今日も、河原に行くようだ。

 とりあえず万尋を藤原邸から離すことには成功した。

 あとは、どれだけ時間を稼げるかである。

 手負いのりいが敵う相手ではない。それはわかっている。


 先ほどなんのためらいもなく後ろへ放り投げた札。

 もちろん、考えもなく藤影を手放したわけではない。

 今頃藤影は晴明を探しているはずである。

(晴明が気付くまで、なんとか時間を稼げればいいが)

 自分とて、万尋に無傷で済ませてやるつもりはない。

 晴明が間に合えば、流石に万尋も無事ではいられないだろう。

(それにしても…全く、どこに行ったんだ、あいつは!)

 八つ当たりまがいのことを考えながら、歩を進めた。


「利花」


 不意に、前を行く万尋がりいを呼ぶ。

「…何か」

 りいも、警戒しながら答えた。

「お前は…俺を許さないか」

「ええ」

 あまりにも急で、本音を取り繕う余裕もなかった。

 りいは、自分でも意外なほどに冷たく響いた言葉に驚く。

 万尋はただ、黙っていた。

 振り返ることもなく、歩き続けた。

 後ろのりいには、その表情が歪んでいることに気付く術はない。

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