道摩の娘
 まだ昼下がりとはいえ、市中から離れた橋は人の姿もまばらだった。

 万尋は橋の上からひらりと飛び降りる。

 りいも後に続いた。


 先日のような、なんとしても仇を討たねばという衝動は、不思議なほどに静まっている。

 いまりいの頭にあることは、いかに万尋を足止めするかという、それだけだった。

 妙に据わった眼で佇むりいを、万尋は訝しむ。

「お前…どうしたんだよ」

「どうした、とは?」

 白々しく聞き返すりい。

 万尋の声音に不興の色が混じった。

「この前の殺気はどうした?何がなんでも俺を倒そうって強い気力はよぉ!」

 黙って肩を竦めるりいに、万尋の苛立ちがつのっていく。

「怖じ気づいたのか!?諦めたのか!?お前もつまんねえ奴なのかよ!」

(お前、も…?)

 その言葉には、単なる不快だけではない何かが込められていた。

 失望のような、悲しみのような、何かが。

 だが、りいはその疑問を面に出すことなく、冷笑してみせた。

「…買いかぶりでしょう?自分の実力は承知しております」


「…ああ…そうかよ」

 長い沈黙のあと、万尋は呟くように言った。

「なら…もういい」

(…っ!)

 刹那、空気ががらりと変わった。

 万尋がゆっくりと頭の後ろに手をやった。

 ほどかれた目隠し布が、はらりと落ちる。

 現れた血の色の双眸が、りいを捉えた。

 なんの感情も見えない視線に、戦慄が走った。

< 98 / 149 >

この作品をシェア

pagetop