道摩の娘
 りいは沸き上がる恐怖と戦いながら、腰の刀に手をやった。

 万尋と目を合わせたまま、最小限の動きで抜く準備を済ませる。

 そして…瞳を閉じた。

 戦意喪失とも見えるその動きは、流石に万尋をも戸惑わせた。

 万尋はしばし、赤い瞳にりいをうつしたまま立っていた。

 そのまま、数秒が過ぎた。


(…来るッ!)

 ひゅっ、という短い呼吸音。

 りいは、頭の中で計画したとおりに反応した。

 斬撃ではない。かといって守りに入るわけでもない。

 ただ、抜いた刀を真正面に突き出しただけだ。


 速さも足りない上に、負傷のせいで力も足りない。

 万尋の攻撃に合わせていたのでは、間に合わないのは分かりきっていた。

 だから、りいは、万尋の呼吸を読んで予め決めたとおりに動いた。

 わざとがら空きにしておいた自分の真正面に刀を突き付ける、それだけのこと。


 半ば賭けでさえあった。

 万尋がもし直接的な攻撃を加えてこなければ、それは通用しない。

 だが、りいには確信に近いものがあった。

 先ほどの、言葉。

 勝負を求めるような。

 りいに失望したような。

 きっと万尋は、比喩ではなくその手でりいを葬ろうとするだろう。


 その予測は…おそらく正しかった。

 刀に確かな手応えを感じた瞬間、りいは閉じていた目を見開いた。


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