秘密



教室に入るといつも真っ先に見るのは奏の横顔。

綺麗に通った鼻筋で、長い睫毛を伏せて、うつ向いている。

戸口に立って思わず見とれていると、

「はい佐野遅刻、と」

担任が名簿に赤ペンでチェックを入れていた。

「あと一回遅刻で1日欠席扱いだそ?佐野?」

担任が名簿片手にチラリと俺を見る。

…SHRに遅れた位で遅刻だと?

この学校は頭髪や服装はさほど厳しくはないが、遅刻欠席には少し厳しい、授業のサボリはテストでカバー出来るが、5回遅刻したら1日欠席扱いになってしまう。

あまり遅刻ばかりしていると単位が足らなくなり、夏休みにクーラーもない灼熱地獄と化した教室で1日中、補習を受けなくてはならない。

そんな状況でただじっと、勉強しても頭に入るはずもなく、ひたすらイライラが募るばかりで、最終的に俺は制服のままプールに飛び込んだ。

と言うのが去年の俺。

今年はあの地獄を味わうのはゴメンだと、なるべく遅刻しないように気を付けていたんだけど…

あと一回で1日欠席かぁ…

「…先生」

「何だ?」

「…実はですね?登校途中に急に産気付いた妊婦さんが、俺に助けを求めて来たんです…」

「ベタな言い訳はやめろ。もう少しマシな言い訳考えろ、早く席につけ」

……ちっ。

頭の固いオッサンだ。

中学では通用したこの手もここでは通じないか。

…仕方ない諦めるか。
あと一回…気を付けよう…

クラスの奴らから笑われながら席に着くと、奏がこちらを見ていて、俺は紙袋を少し持ち上げて見せた。

「ありがとう」

口パクでそう言うと、奏は真剣な顔で俺に聞いてきた。

「妊婦さん…大丈夫だった?大変だったね、佐野君…」

……どこまで純粋なんだ…奏…

「……うん…大丈夫だった」

「そう…よかった」

と安心したように笑う奏。

俺の汚れた心にその笑顔が突き刺さる。
本気で信じてるんだな…


「球技大会終わったら直ぐに中間考査だからな、今日範囲配るから、ちゃんと勉強しとけよ?以上終わり」

担任が出ていくと、にわかに騒がしくなる教室。

「佐野?今日は練習どうする?」

と俺に話しかけてきたのは、同じバスケチームの宮地。



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