秘密



先生は頭をガシガシと掻きながら、力なく笑うと。


「…はは、しつこくして、悪かったな、自宅にまで何度も電話したりして…」

「いや、いいよ」

「でも、茜、これだけはわかってくれ…お前の才能は他の誰の目から見ても本物だから」

「…はは、誉めすぎ、先生」

「誉めすぎなもんか、ホントの事だ、だから…もし気が変わったら、いつでも言ってくれ…」


気なんか変わったりしないけど……


「うん。わかっ…」

「ああっ!佐野先輩っ!」


急に体育館に大きな声が響いて、先生と二人肩をビクッと震わせてしまった。


声のした方を見てみると、マサトが此方に向かって駆け寄ってきた。


「おはようございますっ!佐野先輩っ!」

「おはよ、早いなマサト」

「はいっ!練習前にスリー500本毎日やってるんです!佐野先輩、また指導しに来てくれたんですか?」

「いや、違うよ、お前ら激励しに来ただけ…」

「おいおい、マサト、俺には挨拶無しか?」

「あっ、先生、おはよっす!」

「…お前、俺と茜に対する言葉遣いが違うぞ?」

「え?そうすか?あっ、佐野先輩!俺、リングに片手が届くようになったんです!見てて下さい!」


言うとマサトはその場にスポーツバッグを投げ捨ててゴールに向かって走り出した。


ゴール下から勢いよくジャンプすると指先が、掴むまではいかなかったけど、確かにリングに触れていた。


「ね?見てくれました?触ったでしょ?」

「ああ、確かに触ってた」


俺がそう言うと、満面の笑みを浮かべて得意気に笑うマサト。


「全く、ダンクなんて、誰の影響だか…」


ぼやく先生にマサトは。


「佐野先輩ですっ!佐野先輩は俺の英雄ですから!」


エヘヘと笑うマサトに俺は何を言ってやったらいいのかわからなかった。


…俺が?……英雄?


英雄って言うのはヨースケみたいに、何があっても諦めず、挫けない、強い人間にこそ相応しい。


俺なんかの事をそんな風に思ってくれているマサトに申し訳なかった。


マサト。

俺は英雄なんかじゃないよ…


示されている道も進む事の出来ない臆病な人間なんだ……




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