秘密
「だから…、ね?貰って?」
お母さんは指輪の入った小さな箱を私の掌に乗せた。
お母さんはここで一緒に佐野君の帰りを待とう、って言ってくれてるんだ。
私が一人になってしまっても不安にならないように、みんなで佐野君がアメリカから帰ってくる時を待とう、って……
……優しいお母さん。
佐野君が決めてしまったのなら、佐野君が何の気兼ねもせず旅立てるように、後は私がお別れを告げるだけ……
それとも……、佐野君の方から言ってくれるかな?
言いづらいよね?
佐野君は優しいから、多分言えそうに無いな。
やっぱり…、私の方からサヨナラを言ってあげよう……
「お母さん」
私は掌に乗せられた箱を、クローゼットの棚の上にコトリと置いた。
「これは頂けません…」
「どうして?迷惑だったかしら?」
「いえ、凄く、嬉しいです」
「だったら…」
「佐野君が…、アメリカから帰ってきたら、その時に改めて頂きます……、だから、今は受け取る訳にはいきません」
「ホントに?」
「はい。佐野君はアメリカに行っても、きっと成功する筈だから……、約束の証しなんか必要ありません」
私は出来るだけの笑顔をお母さんに向けた。
「……そっか…、うん。そうよね。茜は大丈夫だから、わたしと奏ちゃんは安心して待ってればいいわよね?」
「はい。お母さん」
………ごめんなさい。
お母さん……、私。
嘘…、ついてます。
佐野君がアメリカに行ってしまったら、私達はもう会うことは出来ないんです。
お母さん。お父さん。静さんも……
本当の家族みたいに優しくしてくれてありがとう。
私……、このおうちが大好きでした。
母が家から出て行ってしまって、私は強がって頑張ってきたけれど、忙しい父と二人だけだと、やっぱり寂しくて。
ここに来れば本当の娘みたいに甘えさせてくれて。
暖かい佐野君の家族の一員になれたみたいで、とても幸せでした。
多分もうここに来ることは出来ないだろうけど……
せめて今夜一晩だけは……
このおうちの中でだけでも、佐野君の恋人として居させて下さい。