秘密
いつもは騒がしい位の響屋は、客の話し声さえ聞こえない程賑わっているのに。
雨降りの平日の店内はテーブル席に二人組の常連客のみ。
店内に流れる有線放送で、二人組の常連客の話し声さえ聞こえない程。
今日は客足がぱったりな響屋の中、カウンター席に座り、恭介が俺の傷の手当てをしてくれている。
不器用ながらも俺の指先に絆創膏を巻いてくれている恭介の手際をぼんやりと眺めていると。
「……奏ちゃん、まだ思い出さないのか?」
恭介がぽつりとそう言った。
「…………」
事故から1週間。
バイトに行く前に、毎日のように見舞いに行くけど、奏の記憶はいまだ戻らない。
沈黙する俺の心中を察してか、恭介は。
「まあ、その内思い出すだろ?そんな顔すんな」
救急箱の蓋をパタンと閉じ、ニッと笑って見せた。
「マスター、タクシー読んで」
二人組の客の声にマスターは、しゃがんでいたカウンターから顔だけ出すと。
「はいよ」
言うと立ち上がり、カウンターの端に置いてある電話でタクシーを呼び、恭介は伝票を預かるとレジへと向かい清算をする。
暫くすると外からのタクシーのクラクションの音がして、客が引き戸を開け外に出ると、ザーッと激しい雨音がした。
「もう今日は店じまいだ。キョン、暖簾しまえ」
「ういーっす」
恭介が暖簾をしまうと、マスターはサーバーからビールを注ぎ、カウンターの隅のいつもの椅子に座ると、ゴクゴクと旨そうにビールを喉に流し込む。
「茜も飲むか?」
「へ?……いいよ、俺、バイクだし」
普段俺に酒なんか勧めたりしないマスターに戸惑いながらもそう答える。
「土砂降りだぞ?今日はタクシー出してやる、それに、今夜は膝が痛むだろ?」
「マスター、俺にもビールちょーだいよ」
恭介が椅子を引いて、俺の隣に再び座り直した。