ご主人様に首ったけ!
「露!」

「え……?」


背中を向ける露を呼び止め、きつく露の体を抱きしめていた。


「露……、露……っ」


どれだけ強く抱きしめてもこの手に戻ってくる事はないの分かっているのに、何度も何度も愛しい露の名を呼び、消えてしまわないようにと願うように、きつく抱き寄せた。


それも一瞬の事――。

かすかに力の入った露の腕に僕の胸は押し返されて、僕は我に返る。


「ごめん露……、ごめん……っ」


こんな事をしてしまっては余計に露を悲しませ、辛くさせるだけなのに……。

それでも止めることはできなかったんだ。

露は僕の側から離れると、決意したように凛とした表情でこの部屋を出て行った。


「さようなら、霧様……」


静かに扉が閉まり、室内もしんと静まり返った。


「露……」


露の消えていった扉を見つめ、去ったばかりの彼女の名を呼ぶ。

気がつくと僕は――。


「……っ」


部屋に一人佇み、静かに涙を流していた。

こんなにも……。
こんなにも愛しいと思える人に出会えるなんて思っていなかった。


誰かを愛する事ができなくて、人と一線を引いていた僕がこんなにも露を求めていたなんて……。


でも、それも今日でおしまい。

唯一僕が愛した人は、今日この手を振り払い、僕のもとを去っていった。


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