ほととぎす
赤ん坊の行き先は?
山名奈実江は、赤ん坊を抱いて兄の高幸の住居にやってきた。
久しぶりの帰郷に懐かしさがこみ上げたが、美奈江は今から行う事を考えるとそれすらも悲
しかった。
今は兄の高幸夫婦とそのあいだに生まれた男の子と3人で住んでいるが、美奈江もこの家
で生まれて育った家だから愛着はある。
戦争が終わって吉治との出会いがなければ、そのままこの家に住んでいただろう。
「ただいまあ、」
「ハイ、あら、いらっしゃい、はよう中に入らんね」
「きつかったろう、この暑さやけんしろしかねぇ」
「まあこの子ね、カワイかね。ヤッパリ赤ちゃんはよかね。」
高幸の妻信子は、人の良さそうな笑顔で奈実江を玄関口で迎えると、
奈実江の腕に抱かえれた赤ん坊をのぞき込んで、そう言った。
山名の家は瓦葺で建ててから30年ほどの年月が経った農家の家だ
二人は奥の仏壇がある座敷に入って、座布団の上に赤ん坊を寝かせると仏壇に向かった。
奈実江が線香に火をつけ香炉に立てると、独特の香りがしてきた。
「チーン」
御リンを鳴らすと、奈実江は仏壇に向かって手を合わせた。
その時、座敷脇の縁側から、爽やかな春風が入ってきた。
「あら、いい風が入ってきた心地いいよか。」、
「そうやろう、今からはこの部屋が一番居心地のよかもんね。」
奈実江はその言葉が終わると、すかさず仏壇の前から席をずらすように下座に移り、信子に
深々と頭を下げて言った。
「このたびは、私と赤ん坊の事で大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。」
「今後の事は高幸兄さんから聞かれているでしょうが、宜しくお願いいたします。」
信子は急に改まった奈実江の行動に慌てて、自分もとっさに両手を畳につけた。
「そげなぁ、手ば上げてつかぁさい頭ば上げてくれんね、]
[ウチはそげん迷惑やら思うとらんけん」

二人のやり取りのかたわらで、座布団に寝かされた赤ん坊は春風にあたりながらスヤスヤ
眠っていた。
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