ほととぎす
翌日、村田の家は、吉治が勤め先の農業試験場に出た後は、それぞれの者は勤め先や
学校に出かけていて、残っているのは市蔵夫婦と多摩緒と二人の子供だけだったが、市蔵
は買ったばかりの牛のアオを連れて裏の畑に出ている、リョウは商売をしている親戚の家に
手伝いに行っているので、家には多摩緒と二人の子供だけだった。
多摩緒は朝餉の後始末をして、座敷や次の間、居間、玄関の上がり間、自分達の夫婦の
部屋を掃き出していた。
12人の大家族の家だから、朝餉の用意だけでも大変そうだが、この頃の朝餉は米と麦が
半々の御飯と味噌汁にタクアンや高菜の漬物、季節に取れる野菜が並ぶだけで、食事が終
わっても食器は夕餉の後に洗うので、米を炊くハガマや味噌汁を作る鍋だけを洗うそれに
一家の大黒柱の市蔵と吉治の食器だけは別に洗う、そうゆう風習がまだ残っていた。
それに住居は旧家の家なので部屋にはそれぞれ縁側が付いており、掃き出すには都合が
良かった。

その頃、山名の家から奈実江は赤ん坊を連れて出かけるところだった。
「奈実江さん、もう出かけると?」
「もう一度赤ちゃんの顔ば見せちゃって!」
「姉さん、遅くなると別れるのがつらくなるケン。」
「もう山名の子供じゃなくなるっちゃねぇ」

奈実江は赤ん坊を抱き抱えると、そのまま玄関に出て振り返るようにして赤ん坊に話し
掛けた。
「ホラ、ヨシタカようく見てごらん山名の家を、これが最後になるとよ」
気丈な奈実江は、まだ涙は見せなかった。涙を流せば自分の気持が揺らいでしまう。
赤ん坊を手放す事を決めた日から奈実江は、涙は出すまいと心に誓ったのである。
奈実江は、赤ん坊を抱いて歩き出した、村田の家は山名の家から500メ-トルほど離れ
ところにある
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