ほととぎす
村田の家がもう直ぐ近くにまで来て奈実江は脚をとめた、赤ん坊の顔をジッと見つめて目に
焼き付けようと奈実江は思っていた。
「ねえヨシタカもうすぐ、母さんとお別れだよ、ようく顔を見せておくれ」
「ホラ、ホラ・・・・」
赤ん坊は名実江の声に反応してジッと奈実江の目を見たが、直ぐに手足をばたつかせて嬉し
そうな仕草をした。
(ヤッパリ辞めようか、この子を村田に渡す事。)
(このまま逃げて行こうか、今ならまだ間に合うかもしれない。)
奈実江は、別れが辛くなって、赤ん坊と逃げ出したくなった。

その時村田の家では多摩緒が、その一部始終を、家の中から見ていた。
座敷の掃除をしている途中で、奈実江が歩いてくるのが見えたので、多摩緒は目で追って
いた。

奈実江が立ち止まっているとき、頭上をジェット機が飛んでいった、その爆音で奈実江は目を
赤ん坊から空に向けた。
「ゴォー・キィーン」「キーンキーン」
米軍機が飛んでいく。

顔を振り上げた時、奈実江の目に村田の家からこちらを見ている女の姿を捕らえた。
すぐに多摩緒だと気がついた、女の戦いのような気持に奈実江は思えた。
気を取り直して、奈実江は村田の家に向かって歩き出した。
(もう後戻りは出来ない、自分の事ばかり考えても駄目だ。)
(この子のためなんだ。あの家がこの子の家になるんだ。)
自分にそう言い聞かせながら、奈実江は背中をまっすぐにして村田家の玄関に向かって
歩きだした。

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