バタフライナイフの親指姫
 あたしはがたがた震えながら蝦蟇息子を見つめた。

 蝦蟇息子はまだぴくぴくと動いている。

 大きな音を聞き付けたか、蝦蟇夫人が階段を駆け登ってきた。

 ―どこかコワレタ子だと思っていたけれどなんてことをするの、この子はあなたを元気づけようとしただけなのよ、ねえ自分が何をしたかわかってる?―

 その甲高い声は、逆にあたしを落ち着かせた。

 ―大丈夫、いつもおかあさまがしてたようにするだけ。

 あたしは大きく息を吸って、おかあさまがそうする手順をひとつひとつ思い出しながら、静かに静かに、バタフライナイフを抜いた。


†††


 幸いなことに、蝦蟇の家には南京錠も鉄格子もなかった。

 あたしはなまぬるい外気を掻き分けて走り出した。

 夕方なのね、といまさら思う。おかあさまはいつもこの時間、お庭にあたしを迎えにいらした。

 早く帰らなきゃ。おかあさまが心配なさる。

 あたしのブーツはおかあさまがくださった、爪先が尖ってヒールが細い、それは優雅なものだから、こんな汚い街を歩くとすぐにボロボロになってしまう。きっとおかあさまはがっかりなさる、それが悲しくて涙がにじんだ。

 ふらふら歩いていたせいで、突然誰かにぶつかった。

 ごめんなさい、と口早に言って通りすぎようとするけど、相手はそれを許さない。

 あたしは困って顔をあげて、それからびっくりして目をぱちぱちさせた。

 ―ツバメじゃない。




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