キミノトナリ(短編)
「まあ、悩めるうちが花だ。なんなら」
悪戯っ子のように老人は笑った。
「私の知り合いに進路表で適当に書いたことが現在の職業、という人がいたよ。人間とは奥が深い」
だからこそ面白いがね。老人はそこで口をつぐんだ。
「…幸せ、でいたい」
ぽつりと言った少女に視線が向く。
「みんなが笑っている。『幸せ』であればいいな」
驚いたような老人の表情に、少女はにこりと笑った。
「不安や悲しいことや、泣きたくなることもあるかもしれないけど」
さあっと風が吹いた。
少女の髪が揺れる。
「小さな幸せを感じられる未来であればそれでいい」
真っ直ぐに前を向く少女に、眩しさを覚えた。
「…ならば、努力することだ」
老爺が言えるのは、それだけ。
「全てを一生懸命やることだ。失敗しようが、無理だろうが、挑戦することだ」
若き小鳥よ。さあ、未来へ。
「…それは、きっと君の力になる」
立ち上がった少女の背に、翼が見えたような気がした。
「おじいさん、またお話できる?」
「…いつでも、来なさい。私はここにいる」
老人の言葉に少女は微笑んで走り出した。
「…幸せでいたい、か」
そう、それは当たり前。
近過ぎて感じられない、あまりに大切なもの。
見上げれば切りがないけれど。
「…そうだな、きっと」
―――君なら、できるよ。
風が吹き、老人の姿はふわり、と消えた。
※作中の進路表が現在の職業は著者です(笑)現在介護ヘルパーをしております。
将来に悩む学生の皆様を、心より応援致します。