名も無い歌
歌い上げると、薄い緞帳が下りてくる。告知のためだ。ベストアルバム、ライブDVDの発売。

そして、俺たちの意思。

『ライブは最後だけれど、出来なくなるまでやり続けます。最後まで応援よろしくお願いします。だから……』

「――お前ら黙ってついて来い!」

俺が叫ぶのを合図に、幕が上がって曲が始まる。アザミの弾くギターの音に会場は一瞬ざわつくが、直ぐに必死で聴く体勢になる。ライブ最後の曲がやってきてしまった。
会場の一体感と皆の気持ちに息を飲む。

シンセ、ドラム、ベース、エレキが重なり、後ろのスクリーンは花や月などの景色を見せる。名の無い歌だが、入れ込んだ気持ちは他の曲より大きい。新曲だから、とスクリーンに歌詞も浮かべばそれを見て泣く人が多くなった。

アザミの思いを受け取って下さい。

最後のロングトーンを、アコギが優しく支える。数音のアルペジオとコードを弾いて、曲とラストライブは終わりを告げた。

「本当に今までありがとうございました。この曲は名の無い歌です。この日のために書きました。この曲には敢えて名前は付けません。」

しんと静まっている会場に、アザミの声が響く。動くことすら憚れるくらいの静けさだ。

「皆さんと共におれが、おれたちが居たという証拠にして下さい。」

ハイ、という声が聞こえる。そこでアザミはくるっ、とこちらを見た。

「マツリ、今までありがとうな。お前とやれて楽しかった。」

近づいてきてハグされる。俺も抱き締め返した。

「俺こそありがとう。」

それから楽器隊、俺たちで手を繋ぐ。

「3、2、1……ジャンプ!」

イエーイ!と会場の皆でジャンプし、ライブは幕を下ろした。

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