名も無い歌
アザミはふっと笑った。
「ねえ、おれたちでデュエットやらない?」
数年前、彼はそう言った。五年来の付き合いで、初めてこんなこと言われた。
「本当?ありがとう。」
「ありがとうって、こっちの台詞だよ。」
柔らかい声が耳に残る。
「曲とかはどうすんの?」
「任せてよ、おれの知り合いがバックで弾いてくれるし、曲も作ってくれる。詞
はおれが書くし。マツリもさ、歌詞書けばいい。」
「俺じゃアザミに勝てないよ。」
そんなことないよ、困ったように言う。
それから、俺たちは歌い始めた。小さな箱で細々と、そして徐々に本数を増やしていった。東名阪のワンマンをやるまで二年かかった。全国ツアーを組む頃には、それなりにファンも居た。
ツンデレで妙なノリの俺と、紳士で笑かし屋の彼。似てるようで似ていない俺たちは程良く一緒に居た。
それなのに気づかなかったのは、完全に俺の所為だ。無理してるなんて見抜けなかった。それ程アザミのこと、見ていなかったんだろう。
楽器隊はおろか、親しいという業界仲間の一部すら知っていたというのに。