forget-me-not
『あ、着替えに行かなくて、いいの?』
黒いテニスウェアを着たままの彼に今更問いかけてみる。
色白な肌のうえで、黒色は一層映える。
トレードマークである大きな目を伏し目がちに、ふわふわの茶髪を揺らして、新戸くんは無言で首を横に振った。
「俺は、心臓が悪いんじゃないんです」
『……、え?』
こくり、カルピスの甘い味が喉にさしかかった時、新戸くんが静かにそう言った。
意味が解らずに彼の横顔を見やる。
(…今日の新戸くん、わかんないなぁ)
『心臓大丈夫?って、訊いたこと?』
そう訊き返せば、缶珈琲を口に含んで、横顔が笑った。
苦手な珈琲を躊躇いなく飲んだせいか、それはとても、いつもよりずっと、やっぱり大人っぽく見えて。
さっきの直感は正しかった。避けていた間に何があったのかは分からないけれど、新戸くんは――
(…なにか、違う)