forget-me-not
それじゃあね、と上機嫌に手を振りながら、ベージュのコートを羽織ったリカは帰っていった。
(…もうコートの季節かぁ)
そろそろ寒さに対して無駄な抵抗をみせるのもお終いな季節かな、なんて。
取るに足らないことを考えながら鍵を回して家の中へ。
『ただいま』なんて言わない。
言っても返事が帰ってくるはずもないわけで。無言のまま乱暴に靴を脱ぎ捨てて、電気もつけずにカウンターを目指す。
――――ドサ、
『――――な、』
肩から下ろそうとした鞄が床に一直線に落下して、鈍い音を立てた。
『何で、居んの?』
まだ現状を上手く把握できていない脳みそから絞り出すように、乾いた声が漏れた。
暗がりの中、開け放したカーテンから差し込む青白い月明かりを背に、カウンターに腰掛けていたのは……
『夜、くん?』
猫の目の如く、暗闇でも鋭い瞳を持つ黒川夜だった。
――否、夜だからこそ、その眼光は鋭気を増すのかもしれない