ただ、あの空へ
子どもたちは帰り、体育館の戸締まりをしているときだった。

「ちょっといいかしら。」

と、僕の後ろからお局の一人が僕に声をかけた。

体育館には僕たち2人以外は誰もいない。
ふてきな笑みを浮かべているお局の姿が何だか嫌な雰囲気だった。

「一つ聞きたいんだけど、ピアノはもう弾けるのかしら?」

唐突にそう告げられた。
楽譜をもらってまだ2週間だ。いつもならできたかもしれないが、こんな状況だ。2曲もあるのに出来ているわけがない。

「まだ途中までしかできません。」

僕はそう答えるしかできない。

「じゃあ、いつまでに弾けるようになるのかしら。」

お局の質問が続く。口調がだんだんと刺のある言い方に変わってきたのが伝わってくる。
だが、いつまでと言われても答えようがない。

「はっきりいつまでとはまだ言えません。すみません。」

こう答えるのが精一杯だった。
その時だった。

『あんた、教育委員会をだましてきたんでしょ!』

いきなりの言葉にびっくりしてしまった。だましたつもりなんてない。第一無理だと伝えている。
説明をしたが聞いてもらえない。

『あんたみたいな人間に教師をされたら困るのよ。もう今すぐやめたら?』

予想もしない言葉が僕の胸に突き刺さる。一体何がなんだかわからない。僕は反論を許されなかった。黙って聞いていろと言われたらもう何も言えない。


僕は人格、これまでの人生、家族、友達、考え方のすべてを一つ一つ話にあげられ、否定されてしまった。

僕の否定は一時間以上続いた。
目の前に起こっていることが全く信じられない。
これは夢なのかと思いたかった。

ひとしきり言い終えてもまだお局の勢いはとまらない。
だがあまりに話が長いと校長に不自然に思われる。それをお局は察知したのだろう。急に話を終わらせ始めた。

だが、帰り際にさらに信じられない一言が浴びせられた。

『今日のことを校長に言って、私のせいでやめるなんて卑怯な逃げ方するんじゃないわよ!』

どっちが卑怯なんだ!と今となっては思うが、あの時の僕にはそんな事を考える余裕はなかった。

…目の前が真っ白だ。
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