【短編集】闇に潜む影
「久しぶり」
そう胸のピンマイクに語る彼女の声は、10年前、聞いて以来変わっていなかった。
透き通った声は、聞く者全てを魅了する。
誰しもがうらやむ美貌。
誰しもが憧れるスタイル。
兼ね備えられたすべてが、昔以上に磨き上げられている。
その事実が、たまらなく悔しい。
「えぇ、元気だった?」
私は平静を装った。
女は、こういう時に便利だ。
演技というものが、日頃から身についているから。
「そっちこそ、元気だった?」
にっこりとほほ笑むその顔に、私は昔を思い出す。
10年前。
私を見下ろしていた、あの顔を。
薄気味悪い笑顔は、今、眩しい笑顔に変わっている。
だけど、私は知っている。
この笑顔が、いかに穢れているかを。
私たちは大げさに抱き合った。
他の人には背中しか見えないから、誰も抱き合う私たちの顔なんて知らない。
ブラウン管の先で見る人たちにも、気付くわけがない。
お互い、シラケつつも、必死の演技を続けていた。
私は、彼女の背中に赤く塗られた爪を立てる。
ぐい、と食い込んでいく。
痛みに、気付いていないわけがない。
「今回は、スペシャルゲストとして、
今を時めく人気女優、○○さんの学生時代の友人に来ていただきました!」
無駄に大きな声でマイクに叫ぶ司会者。
たいした芸もなく、ただ大声で叫んでいれば良いとでも思っているのかしら。
芸能人もたいしたことないな、と思った。