【短編集】闇に潜む影


「大丈夫ですか?」


男は、座り込んでいた彼女に話しかけた。


「えぇ。・・・私は大丈夫よ」


男に微笑みかけた彼女は、ゆっくりと立ち上がった。


そして、女が走り去っていった方向へ目を遣り、


静かに言葉をこぼす。


「・・・相変わらず、頭の悪い女ね」


「え?何か言いました」


「いえ、何も」


ぱん、と彼女は埃を叩いてから、自分の控室へ戻るため、歩き出した。


その顔に、妖艶な笑みを浮かべながら。


「ねぇ。さっきの女の子だけど」


彼女は立ち止まり、後ろで立っていた男に話しかけた。


「あ、はい」


「多分、女子トイレにいると思うから、スタッフ皆で引きずり出して追い出して。


昔からどうやら女子トイレが好きみたいで」


「え?あ、はい。分かりました」


一瞬不思議そうな顔を男はしたが、そう言って、人を呼びに戻った。


彼女は腕を組みながら、再び歩き出す。


「・・・結局、あの女は私を引き摺り下ろすことなんて出来ないのね」


くくく、と彼女は口を押さえながら笑っていた。



「あぁ、それと」



彼女はそこを去ろうとしていた男をもう一度呼び止めた。


「今日は夕食、豪勢にしたいの。


以前ロケで使ったあの高級レストランに予約入れておいてね」


「は、はぁ・・・」


男は首をかしげながら、すぐにその場から走り去っていった。


彼女はその背中を見送りながら、


独り言をこぼすのだった。


「すべて手に入れた私。・・・すべて借り物のあの子・・・。ははっ。あははっ」


10年前と同じように、


彼女は廊下でその笑い声を響かせていた。


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