【短編集】闇に潜む影
「あ?なに?きこえなーい」
彼女はしゃがみこむようにして、私の顔をのぞいた。
目の色は、いつも以上に好奇の色で染まっている。
楽しそうなその眼は、私の顔を映した。
見開いた目が、彼女の2つのそれらと合った。
その時だった。
「お前がやれよ!」
「きゃっ」
私の額が勢いよく彼女の額にぶつかった。
その拍子に、彼女は尻餅をついて後ろに倒れて行く。
私の髪を握っていた彼女の手が離れた。
額に痛みを感じつつも、
私は立ち上がると、
後ろに倒れこむ彼女に起き上がる暇を与えることなく、馬乗りになった。
そして。
「お前がやれって言ってるんだよ!」
怒声が狭い個室に響き渡る。
私の両手の掌の皮は、そんなに厚くない。
だけど、今までの「痛み」に比べたら、大したことなんてない。
私の手は休まない。
何度も何度も、
目下の腫れ上がった顔に、大きな音を立てながら往復していく。
何度も左右に揺れる顔。
鈍くも鋭い、叩く音が反響する。
横たわる顔に浮かぶその表情は、次第に驚きから恐怖へと変化していく。
その過程は、私の中の、見えていなかった「全て」を増幅させていく。
そして。
私の手は止まると、休む間もなく、今度は彼女の胸倉を両手で掴んだ。
彼女が、私の髪を掴んで床まで引っ張ったくらいの力で。
「や・・・やめ・・・」
彼女の体を無理やり起き上がらせ、
そのまま、私の手は即座に、襟足から伸びる細い首へと移動した。
ぎゅう、と締め付けるその力は、とどまる事を知らない。
力のままに、押し倒すように前へ進む。
どん!と大きな音がした。
同時に、カエルが潰れたような「ぐえぇ」というような音が聞こえた。