夏に溺れかけた恋

幼児の母「自分で起き上がれますから、そのままにしてください。」

幼児の母「自分で起き上がれますから、そのままにしてください。」
栗矢「えっ、そうですか。がんばれ!落ち着いて息を整えて、ゆっくりと立ち上がれ。」
幼児「うん!」
栗矢「その調子、その調子、いいぞ」
幼児の母「こっちへおいで、痛かった?」
幼児「ボクは男の子だから、痛くない!」
注釈(そのときフミヨは、チェックゲートの中から聞えてくる栗矢の声を聞いて、夏の日の事を思い出す。)
フミヨの心の声「あら、この声はこの喋り方はどこかで聞いた覚えが、あの時ブイを捕まえようとして、溺れかけた時に聞いた声だ。 助けてくれたのは大坪さんの筈だけど、何故かしらどうして栗矢さんの方から聞えて来るの。」
ナレーション「フミヨの記憶は、あの海の出来事を思い出した。頭の中で、ものすごい勢いで記憶が繰り返されていく、無我夢中で、水面上のブイにしがみつくフミヨの状況が蘇ってくる。ブイを捕まえようと、必死にもがきながら、やっと捕まえたときに、大坪が離れたところから声をかけてくる。フミヨの視線は大坪をとらえた、その瞬間に眼下を黒い陰が静かにブイから離れて行った。
フミヨは、それをゆっくりと思い出そうとした。スローモーションで、人影がブイから離れる。その人影は、フミヨがやっと捕まえたブイを放さないように、静かに波を立てないように平泳ぎで、静かに離れて行った。
人影が息継ぎをする為に、フミヨの方に顔を振ったその時、横顔が見えた。もう一度ゆっくり思い出すと、その横顔は紛れもなく栗矢の顔に見えた。
 フミヨの心は、ガラガラと、音を立てて崩れるようだった。」
フミヨ「私は、いったい何をしているの!」
マナミ「どうしたの!富美ちゃん!」
注釈(フミヨは突然、チェックゲートの中に飛び込んだ、とたんに警備員に遮られた。)
フミヨ「栗さん!栗さん思い出した、栗さんだったのね!もうここを通おしてよ!」
警備員の警笛「ピッピッピー」
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