君が笑える明日
 
真夏。
時刻は夜10時頃。
夜だというのに昼間の気温を完璧に引きずっているような蒸し暑さの中、青年は歩いていた。

長めの黒髪。
線の細い顔つき。
そこにけだるそうな表情を浮かべて、青年は歩く。

バイトが終わり、今やっとマンションに帰ろうとしているところだ。
都心から少し離れただけにも関わらずどこか田舎くさいこの街を青年は気に入っている。

やる気の見られない足どりで歩いていた青年の足は、マンション手前で止まった。
女の興奮した声が聞こえてきたからだ。
見ると、男女の喧嘩のようで(と言っても、女が一方的に怒っているようだが)青年はその男のほうの顔を確認してため息をついた。
やがて、バチーンッ
と言う威勢のいい音の後に青年のいる方向に憤慨した女が歩いて来たので青年は目をそらしてやり過ごした。

女が見えなくなってから、青年は男のほうに歩みよった。

「またか。太一(たいち)」
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