ラヴァーズ・インザ・ダストボックス
「最近ピアノもシンセも全然弾いてないんじゃない?」採譜する手を止めて彼女が言う。


「ああ……」僕の返事がそっけなかったからか、彼女の顔が少し曇った。


「もしかして、指? 痛むの?」


その言葉に僕は右手の薬指に視線を落とした。

半年ほど前、交通事故に遭い怪我をした時の傷がまだ残っている。

あの時彼女は「あたしが待ち合わせに遅れたせいだ」と言って随分と自分を責めたてていた。

時間を潰そうとコンビニへ向かう途中の事故だった。

医者は「大した怪我ではないので元通り動かせるようになります」と言い、実際に今、僕の指は何の問題もなく動いている。

彼女のせいだなんて思ったことは一度もない。


だのに……、何故か指が痛むんだ……、


「ねぇ、本当は痛むんじゃないの?」


このままだと、いつか……、


「本当のこと言って」


本当に……、


「ねぇ、聞いてるの?」


彼女のせいにしてしまうだろう。


「ねぇってば」


そうなる前に……、


「聞いてるよ。あのさ……、話があるんだけど」


冬が訪れる前に……、僕が……、凍ってしまう前に。
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