甘い涙


入学式の時は桜が満開というイメージが強いけど、今年は少し春の歩が遅いらしい。   まだまだ、チラホラとしか咲いていない。
 今日から高校生となった私は、真新しい制服をひるがえし、入学式を終え、家族や友人達と写真を撮る人達を避けながら、急ぎ足でその場を立ち去った。           私にはまだ華やかな場所は、とても居たたまれない気持ちだった。  
 そんな私を、少し哀しい目で見ている人が居ることも知らず 。

  両親は、私が幼稚園の時にはすでに、すこぶる仲が悪かった。           お互いに別の人と付き合い、家に帰るのは決まって夜中。
 そして顔を合わせると必ず喧嘩となった。
 大きな怒号。
 ヒステリックな金切り声。
 ガッシャーン物が倒れ、壊れる音。
 毎夜毎夜繰り返される、怪物たちの騒ぎに、幼かった私はいつまでこんな日々が続くのだろうかと、布団に丸くなり恐怖に怯え、声を殺して毎晩泣いていた。


 10歳となった私は、立派な人間不信となっていた。
 この家庭からは逃げられないと気ずき、諦めることも覚えた。
 喜怒哀楽が心の奥の扉の中へとしまわれ、鍵が掛けられた。
 ある日運悪く、昼、鉢合わせしてしまった両親は、案の定喧嘩を始めた。
 汚い言葉での罵声。
 女性のキイキイ声。
 私は心に耳栓をし、そっと家を抜け出した。
 日曜ということもあり、街はどこも幸せそうな家族連れであふれていた。
 鼻の奥がツーンと痛くなるのぐっと我慢した。 
  1時間 。
  2時間 。
 どこをどう歩いたのか、全く覚えていない。
 行くあてなど、どこにもなかった。
いつしか空は低い雲で覆われ、辺りは薄暗くなっていた。 
  ポツリ 。ポツリ 。
 とうとう降り出した雨に、傘など持たずに出てきた私は、途方に暮れてしまった。
 子供が一人で入れる店など、どこにもなかった。
  どうしよう 。
 帰って、まだ喧嘩していたら嫌だな 。
 怒号や金切り声を思い出し、身震いをした。
 







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