僕のミューズ
「お待たせ」
『お疲れ様』
と、同時に言ってしまい、お互いぷっと笑う。
何気ないその偶然が嬉しく感じる。
『久しぶりだね』
「うん、何か重なって会えなかったな」
『風邪は?もう大丈夫?』
「あぁ、うん。今は後輩のショーの準備手伝いでバタバタ」
『そっか』、そう言って文庫本を鞄に仕舞う。
爪の色が、綺麗なオレンジに変わっていた。
「芹梨は?最近伊織ちゃん達とも会ってないの?」
『うん。風邪治ってから、親戚来たりしてたから。珍しくバタバタしてた』
「確かに、芹梨がバタバタしてるの想像できない」
比較的いつも落ち着いている芹梨だから、慌てている姿は想像出来ない。
芹梨も『そうだね』と笑った。
いつもの会話。
久しぶりに会っても、変わらないお互いでいれる事が嬉しかった。
『ショーの準備、どう?』
「うん。全く。あいつら全然準備してねぇの。布の裁断から始まって、モデル探しまで…」
と、そこで言葉を切ってしまった。
明らかに意識した切り方だったから、一瞬戸惑ってしまう。
芹梨もそれを感じたのか、手元にあったキャラメルマキアートのカップを無駄にくるりとなぞった。