僕のミューズ
細い芹梨の体、温かい体温、柔らかい黒髪。
全て俺に染み込ませるかの様に、きつくきつく抱き締める。
「…好きだ、芹梨」
耳元で呟いた。
聞こえないのはわかっている。
それでも言わずにはいられなかった。
「…好きだ」
俺の耳元に、芹梨の声が届いた。
消えそうな、息と同じくらいの泣き声。
声と言えないのかもしれない。
でもそれは確かに、芹梨が吐き出した声だった。
消え入りそうなその声が、俺の胸をきつく締め付ける。
初めて聞いたその声を、俺は忘れない様に胸の奥に刻み付けた。
…芹梨の抱える穴を、俺は埋めることは出来ない。
景色の音を、歓声を、俺の声を。
この耳に聞かせてやることも出来ない。
でも、俺は伝えることは出来る。
今どんな音がしているのか。
どんな声が聞こえているのか。
俺が今、何を言いたいのか。
…一番近くで、芹梨に伝えるから。
俺はゆっくりと芹梨を抱く力を弱め、彼女の顔を見た。
涙の筋をそっと拭って呟く。
「芹梨、聞こえた?今俺が、耳元で何て言ったか」