僕のミューズ


細い芹梨の体、温かい体温、柔らかい黒髪。


全て俺に染み込ませるかの様に、きつくきつく抱き締める。


「…好きだ、芹梨」


耳元で呟いた。

聞こえないのはわかっている。
それでも言わずにはいられなかった。


「…好きだ」


俺の耳元に、芹梨の声が届いた。


消えそうな、息と同じくらいの泣き声。


声と言えないのかもしれない。

でもそれは確かに、芹梨が吐き出した声だった。


消え入りそうなその声が、俺の胸をきつく締め付ける。

初めて聞いたその声を、俺は忘れない様に胸の奥に刻み付けた。


…芹梨の抱える穴を、俺は埋めることは出来ない。

景色の音を、歓声を、俺の声を。
この耳に聞かせてやることも出来ない。


でも、俺は伝えることは出来る。


今どんな音がしているのか。

どんな声が聞こえているのか。

俺が今、何を言いたいのか。



…一番近くで、芹梨に伝えるから。



俺はゆっくりと芹梨を抱く力を弱め、彼女の顔を見た。

涙の筋をそっと拭って呟く。


「芹梨、聞こえた?今俺が、耳元で何て言ったか」


< 170 / 250 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop