僕のミューズ

淡々と伝える彼女に、先輩は「あ、あぁ…。や、こっちこそ、ありがとう」と流石に驚いた表情を見せていた。

「もういいよね。芹梨、行こう」

ショートカットの彼女は、彼女の手を引いて控え室を出ようとした。

軽く俺達に会釈をする。
彼女もそれに続いて会釈をして、引かれるがまま出口に向かった。


何か言いたかった。

でも、声が出なかった。


ショーの為に少し癖のついてしまった彼女の黒髪が、廊下に消える。

パタンと控え室のドアが閉まる音が、妙にはっきりと聞こえた。


「…いや、でも遥、いい子見つけてきたよ」

最初に口を開いたのは、宮田先輩だった。
続いて高橋先輩も「お手柄だな」と言う。

俺はそんな事よりも、さっきの彼女の手の動きが、表情が、頭にこびりついていた。

「なぁ…紺、」

俺は紺に視線を向ける。

「ん?」

紺は眉を少し上げて俺の方に視線をやった。


「彼女…芹梨がやってたのって、何?」


紺はそのままの表情で、「あぁ」と呟く。そして、言った。

「手話でしょ」
「手…話?」
「彼女、手話できたんだね」

さして驚いていない表情の紺は、俺が抱えていた違和感の理由を全て知っている様だった。

俺が聞く前に、紺が流れる様に、言った。
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