僕のミューズ
そろそろ帰るか。これ以上スタイル画も集中できなさそうだし、コーヒーもなくなったし。
俺は筆記用具をなおしてトレーを片そうと立ち上がる。
と、その瞬間だった。
道路を挟んだ向い側。
ヘアサロンやネイルサロンが密集している通り。
どんな神業だろう。同い年くらいの女の子が沢山いるにも関わらず、俺の視線は瞬時に捕らえた。
ネイルサロンから出てくる女の子。
見覚えのある綺麗な黒髪。
細身のスキニーデニムの上に、キャメルのレザージャケット。
その下に着ているオフホワイトのチュニックが、ふわりと風に揺れた。
間違うはずがない。
…芹梨だ。
「っ、すみません!これっ」
俺はたまたま近くにいた店員にトレーを預け、視線だけはガラス越しに道路の向かい側を追いかけたまま勢い良く店を出る。
「芹梨っ!」
店を出て、周りを憚ることなく叫んだ。
何人か俺に視線を向けるが、一番欲しい視線が向かない。
もう一度呼ぼうとして、はっとした。
馬鹿か、俺は。