僕のミューズ
「あの…さ、」
俺は視線を落としたまま呟く。
反応がないので視線を芹梨にやると、彼女はまっすぐ前を見たまま微動だにしていない。
…あ、そうか。
何度俺はこのミスをすれば気がすむんだ。
俺はひとつ呼吸をして、芹梨の肩を叩いた。
芹梨はすぐに顔を俺に向ける。
その真っ直ぐな視線を真っ直ぐ捉えてしまい、心臓がバカみたいに跳ねた。
「あの…、や、こないだは…」
ごめん、言おうとして、芹梨の視線が変わらず俺を真っ直ぐ見つめていることに気付く。
「あ…そっか、」
わかんねぇか。
俺は急いで鞄からスケッチブックを取りだし、文字を書く。
途中でとんっと肩に手のひらを感じた。
俺が顔をあげると、芹梨が指先を自分の唇に当てていた。
「え?」
俺が呟くと、芹梨は指先をくるっと回した。俺に何か伝えようとしているんだ。
「唇…」
芹梨は頷き、もう一度唇に指先を当てた。
「唇…読める?」
俺が言うと、芹梨は少しだけ頬に力を入れて、頷いた。
口角が少し上がる。表情に、笑顔を感じた。
そうして芹梨は俺が今出したスケッチブックとペンを自分の方に寄せて、あの丸っこい右上がりの文字を書く。