僕のミューズ
視線の端で芹梨を見つめる。
整った横顔は、いつも真っ直ぐ前を見つめていた。
風になびく黒髪をそっと耳にかける。その一連の仕草がびっくりする程絵になっている。
芹梨の指先は、綺麗な春色になっていた。
嫌味のないピンクのグラデーション。
人差し指と薬指には、ラベンダー色と黄色の花のアート。
「…爪、」
呟いて、芹梨の肩を叩く。
芹梨はすぐに俺の方を向いた。
「爪、綺麗だね」
俺がそう言うと、芹梨は自分の爪を見て、その指先を自分の顔の前で動かした。
「え?」
左手の手の甲の上で縦にした右手を上げる。
それが現す意味を、俺はわからずにいた。
芹梨はもう一度丁寧にその仕草をした後、ふっと笑ってスケッチブックに書き込む。
『ありがとう』
「ありがとう…」
俺は繰り返して、芹梨の手を真似た。
ぎこちないその仕草。改めて、芹梨の動きが綺麗なことを実感する。
これが、手話か。
初めて自分が発した言葉以外の言葉。
目の前の芹梨は、それを受け取ってくれる。
『あってる』
そう書いて、芹梨は笑う。
笑うと頬にえくぼが浮かんだ。
俺は自分の心臓の跳ねる音を聞き、急いで視線を外した。