僕のミューズ
ふぅっと溜め息をついた瞬間、ポケットのバイブが揺れる。恐らく紺だろう。
タイムリミットだ。
仕方ない。とりあえず女の子を連れていかなきゃいけない。
俺はぱっと見渡して、丁度吹きさらしになっている渡り廊下の手前で話している集団に目を着けた。
ある程度身長があり、髪が長く、細身な子。
うん、あの子だ。
ショートパンツにスエードジャケット。
髪はウェーブこそかかっているものの、特にスタイリングしていない様だったので好都合。
声をかけようと足を踏み出した、その瞬間だった。
ふと、視線をずらした。
渡り廊下、彼女達と反対側に立っているシルエット。
手摺に腕を置いて、まだ咲く気配すらない桜の樹を臨んでいる、その横顔。
細身の身体に、ミニ丈のレースワンピ。
アイスブルーのダメージデニムジャケットの上で、ベージュのドットのスカーフが風に揺れている。
同時に揺れる、長い黒髪。
風になびくという表現は、この髪のためにあるのではないかと、思った。