僕のミューズ
そう言ってコーヒーを飲み干し、紺は立ち上がった。「次講義だから」と軽く手を振る。
俺も右手を軽く上げ、さっきしまった本を取りだそうとした。
「あ、それと」
瞬間、紺が振り返るから、俺はまた慌てて本を仕舞う。不必要にバタバタっと音が響く。何なんだよ。
「手話、勉強する心意気は誉めるけど、そんな中1の英語の教科書みたいな手話はあんま実用的じゃないかもね」
いつもの事ながら意味深な笑顔でそう言い残し、今度こそ本当にラウンジを出ていった。
俺は何も言い返せず、口を金魚みたいにパクパクした後、大きなため息をついた。
…わかってるっつの。
もう一度ため息をつき、俺は乱暴に鞄を持ち上げて立ち上がった。
芹梨に会うまでの数週間、俺は何が出来るか考えてみた。
芹梨の事をもっと知りたい。
そう思えば思う程、やるべき事はひとつなんじゃないかと思えてくる。
芹梨の言葉。
それが少しでも俺に伝われば、もっと彼女を知る事ができるはずだ。