僕のミューズ
そこでペンを置き、もう一度手のひらを動かした。
その意味を、俺は知っている。
「手話?」
芹梨と同じ様に手を動かし、聞いた。
芹梨はこくんと頷く。
俺はさっきの芹梨みたいに、少し勝ち誇った表情で隣に座った。
「少し、勉強したんだ。…あってる?」
謂わば片言の手話だろう。
そんな俺の手話と口元を読み取り、芹梨は少し微笑んで頷いた。
「よかった」
必死に勉強したことは、多少は活かされているみたいだ。
まだ接続詞とか文法とか…英語の教科書で言えばそういう部分は不透明だけど、意外と単語は覚えていた。
何でもやっぱり、語彙力が大事だな。
「でもまだ全然わかんないから…ご指導、よろしくお願いします」
これはよくわからなくて最後しか手話は使わなかったが、芹梨はわかってくれて、優しく頷いた。
俺達の間に、アルコールの混じっていない澄んだ空気が流れる。
それが思った以上に心地よかった。
『今日は、ありがとう』
芹梨は手帳にそう書いて、俺に差し出した。
俺はその横に、同じピンクのペンで書き込む。
『こちらこそ、ありがとう』