僕のミューズ
「俺の先輩の大事なショーなんだ。あんたなら絶対にこのドレスを魅せてくれるって思った。大丈夫、ただ前に倣って歩けばいいから」
ただ歩いてくれればいい。
それだけで絶対に成功する確信があった。
彼女ならいける。
子犬みたいな真っ直ぐな視線を向けられたままだったので、俺の方が少し戸惑ってしまった。
一瞬目をそらすと同時に、控え室のドアが開いた。
「遥、モデル来た?」
ベリーショートの頭がひょこっと覗く。
「宮田先輩」
ショーのチームの一人、宮田先輩だった。
今回のチームで唯一の女の先輩だ。
先輩は俺の前に立つ彼女を見て、軽く頷いた。
「オッケー、着替え入ろう」
先輩は彼女の手を取り、「こっちで着替えて」と言った。
彼女は尚困惑した表情を俺に見せる。
俺は頷いて「頼む」と言った。
「紺、着替え終わったらメイク入るからついてきて」
「はい」
先輩と彼女に引き続き、紺も控え室を後にする。
彼女のサラサラの黒髪が、ふわりと廊下に消えた。
バタバタと足音が遠退くと同時に、控え室には静寂が訪れる。
俺は一気に力が抜けて、紺の座っていたパイプ椅子にどかっと腰をおろした。