僕のミューズ

「俺の先輩の大事なショーなんだ。あんたなら絶対にこのドレスを魅せてくれるって思った。大丈夫、ただ前に倣って歩けばいいから」

ただ歩いてくれればいい。
それだけで絶対に成功する確信があった。

彼女ならいける。

子犬みたいな真っ直ぐな視線を向けられたままだったので、俺の方が少し戸惑ってしまった。

一瞬目をそらすと同時に、控え室のドアが開いた。

「遥、モデル来た?」

ベリーショートの頭がひょこっと覗く。

「宮田先輩」

ショーのチームの一人、宮田先輩だった。
今回のチームで唯一の女の先輩だ。

先輩は俺の前に立つ彼女を見て、軽く頷いた。

「オッケー、着替え入ろう」

先輩は彼女の手を取り、「こっちで着替えて」と言った。

彼女は尚困惑した表情を俺に見せる。
俺は頷いて「頼む」と言った。

「紺、着替え終わったらメイク入るからついてきて」
「はい」

先輩と彼女に引き続き、紺も控え室を後にする。

彼女のサラサラの黒髪が、ふわりと廊下に消えた。

バタバタと足音が遠退くと同時に、控え室には静寂が訪れる。

俺は一気に力が抜けて、紺の座っていたパイプ椅子にどかっと腰をおろした。

< 8 / 250 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop