Mに捧げる
当時の正樹は仙台市内のアパートで一人暮らしをしていた。


妻の由香里と離婚したのは八年前。


都が調度五歳になったばかりの時で、二歳下の弟もいるのだが、彼女だけが父親との面会を許されていた。


離婚後、見合い結婚をした由香里にしてみれば、物心がつかぬ息子を、別れた男に会わせたくないという意思が働いてもおかしくはない。


その介あって、弟の拓馬は養父に懐いていたが、都は毛嫌いしていた。


養父を嫌う理由はたくさんある。


あの脂ぎった顔を見る度に虫ずが走るのだ。


だらしなく突き出た下っ腹も、薄くなった頭部も、不快感を与える。


何よりも不愉快なのは分厚い下唇だった。


咀嚼する度に、ぼってりとした蛞蝓が僅かに動き、二の腕が粟立つ程の嫌悪感を覚えてしまう。


正樹は養父と似ても似つかない容姿をしていた。


切れ長の二重瞼は涼やかで、鼻筋は高く、スロープも美しい。


身長は優に百八十センチあり、筋肉質な身体は逞しい印象を与えるのだが、顔の造りは細面だった。


歌舞伎の女形がよく似合っていると思う。


正樹は自慢の父親だった。


親友の木村昌彦も「将来は正樹さんのような男になりたい」と口にしている。
父兄参観日でも、正樹の若さと美貌は群を抜いていた。


二人で街を歩いていても、若い女性が振り返る程だった。


その度に、都は誇らしい気持ちになった。


同時に、敵意にも似た嫉妬の念を彼女たちに感じてしまう。


父親を誰にも渡したくなかった。


いつまでも自分だけを見て欲しかった。
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