Mに捧げる
父親に対し、恋心を抱いていたわけではない。


都は十歳で母親の元を離れた。


養父の額に灰皿を叩きつけたことが原因だ。


それからは母方の実家で暮らしていた。


祖父母は家庭内暴力を振るった孫を壊れ物のように扱い、優しさという名前の無関心を装った。


都には何処にも居場所がなかった。


父親の存在だけが全てだった。


正樹だけが都を慈しみ、本物の愛情を注いでくれたのだ。


しかし、別離は突然訪れた。


後一ヶ月もすれば、父と娘、親子水入らずで暮らせる日々が待っていたのにも関わらず、不幸が二人を切り裂いた。


一九九九年、七月某日。


正樹は三十二歳の若さで、その生涯の幕を閉じた。


今から十年も前の話になる。
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