Mに捧げる
都は膝からがっくりと崩れ落ち、父親とは別人であると何度も祈り続けた。


けれど、色褪せたジーンズや白いスニーカーは正樹が好んでよく履いていた物だった。


悪夢のような光景に震え、声すら出せない自分の代わりに、誰が救急車を呼んでくれたのかは覚えていない。


発見が一秒でも早く、冷静に行動することが出来たのなら、正樹は一命を取り留めたのではないかと、激しい後悔に襲われる時がある。


「わたしの父です」やっとの思いでそう告げると、都は救急隊員と共に救急車に飛び乗った。


病院にたどり着くまで、永遠とも思える長い距離を走っていたような気がしてならない。


間もなくして、正樹の死亡は確認された。


死因は脳挫傷だった。


遺体からは大量のアルコールが検出され、警察は階段を踏み外した際の転落死と断定。


都は違う、と泣き叫んだ。父親は数ヶ月前からアルコールを断っていたと、必死に説明した。


そうでなくても、娘が風邪をひいて寝込んでいるのに、酒を飲んでいたなんて有り得ないと思った。


だが都の訴えは無視される形となる。
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