例えば私と彼が。

手当て


スタジオに入って私はキョロキョロと当たりを見回す。


凄い。


ドラマ用の部屋のセットが組まれている。


みんな、真剣だぁ…―。


私はこれからみんなを騙していく事になるかもしれないことに少し胸が痛んだ。


「ヒカル君かな?」


「あっはい!」


呼ばれた声に振り返ると、顎髭を見事にはやしたおじさんが笑いながら立っていた。


「君、可愛い顔をしてるね。」


「そっ―そうですか?僕、男ですよ??」


「いやぁ、幹太の弟役だから君みたいな可愛い顔の男の子が欲しかったんだょ」


顎髭のおじさんはそう言うとガハガハと豪快に笑ってスタッフが用意したイスに座った。


「君がヒカル君?」


今度声をかけてきたのは、サラサラのストレートの髪が腰まである綺麗な顔立ちの女の人だった。


「はぃ。お願いします。」


「ちょっと来てくれる?」


突然腕をつかまれ入ったのは小さな部屋の中だった。


「いぃ?バレないようにしてね??」


「え?」


「胸。そこまで気にしなかったでしょ?さっき幹太にこっそり教えてもらった。」


下を見下ろすとかすかに2つの胸の膨らみがわかった。


「とりあえずさらしを巻いておこう!」


「あの…―」


「ん?あ。私は小出ゆり。幹太のヘアメイク担当。よろしくね!」


ゆりさんはこの業界の色んな事をさらしを巻ながら教えてくれた。


「よし!」


「ゆりさん、ごめんなさい。私のしてることって人を騙してるんですよね。」


「ん―…でも、夢なんでしょ?」

ゆりさんはそう言うと私を鏡の前に座らせた。


「今日は特別に私がメイクしてあげよう。ヒカルは可愛いからちょっといじれば大丈夫!」


私の髪や顔に触れるゆりさんの手はとても優しくて、これから先の事が何だか一気に楽しみになった。
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